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第1挺進集団 滑空歩兵第1連隊(茨城県つくば市)

Category : 陸軍空挺部隊一覧 |

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川南で編成された五番目の挺進連隊は茨城の西筑波飛行場へ移動し、一般部隊からの転入者を加えた上で二個滑空歩兵部隊と重火器部隊へと改編されます。
これが、グライダー空挺部隊の「滑空歩兵第一連隊」と「滑空歩兵第二連隊」、「第一挺進機関砲隊」でした。
昭和19年、ルソン島防衛のため出撃した滑空歩兵第一連隊ですが、乗船していた空母雲龍が台湾沖で米潜水艦の魚雷攻撃により沈没。
滑空歩兵第一連隊の主力は、戦わずして冬の海へと沈みます。
救助された滑空歩兵隊員は僅か数名。
彼等は挺進第一集団を追ってフィリピンへ向かいますが、以降の消息は途絶えています。

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空母雲龍と共に海へ沈む滑空歩兵第一聯隊。川南空挺慰霊祭にて

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他の船でフィリピンへ向かった滑歩一の残存中隊はルソンへの上陸を果し、同じ空挺部隊の第一挺進工兵隊と共に戦いますが、全滅に近い大損害を蒙りました。

日本初のグライダー部隊は、その特技を活かすことなく壊滅したのです。

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イリサン攻防戦にて、米軍戦車隊の突進を阻止する滑空歩兵第一聯隊作業中隊と挺進工兵隊の混成チーム。雲龍撃沈から逃れた残存中隊も、上陸したフィリピンで激戦に巻き込まれました。
なお、同連隊員だった詩人の竹内浩三も海没を免れた一人ですが、バギオ攻防戦にて戦死しています。
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