金属アレルギー 敏感肌 化粧品

スポンサーサイト

Category : スポンサー広告 |

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

空挺落下傘部隊発祥之地

Category : 空挺落下傘部隊の碑 |

川南護国神社の裏にある広場には、「空挺落下傘部隊発祥之地」と刻まれた石碑が立っています。
この碑は川南を本拠地としていた陸軍落下傘部隊を記念するもので、基礎部分にはレイテに降下した高千穂空挺隊員の詠んだ歌が刻まれています。

「発祥の地」とありますが、実際に陸軍落下傘部隊が創設された場所は静岡県浜松の陸軍飛行学校。
川南は、研究段階にあった空挺部隊が実戦レベルへと移行し、4個連隊規模へと成長した場所です。


空挺慰霊碑
空挺慰霊碑
空挺慰霊碑

川南護国神社の空挺碑文より
「川南護国神社に空挺部隊 一万有余の英霊合祀の由来
昭和十六年 川南村にあった広大な軍馬補充部の牧場が落下傘部隊の降下場に転用され 同年九月から使用を始めた 
翌十七年には兵営が建設され 数千の落下傘兵がこの地で練武に励んだ
天下る落下傘兵は 天孫降臨になぞらえて空の神兵と称され 村人の庇護後援のもと精鋭誇る空挺部隊が練成され 次々と南の決戦場に出て征き活躍した
しかし 我々の悲願も空しく戦い敗れ多くの戦友が戦野に屍を晒し そのみ霊だけが当時豊原にあった陸軍挺進練習部構内の挺進神社に神鎮り給うたのである
ところが 二十一年初夏の頃 宮崎市に進駐していた米軍は 理不儘にも挺進神社を焼き払ってしまった 
拠り所を失った英霊は 当時 旧兵舎を校舎としていた宮崎師範学校の寄宿舎周辺を 毎夜白い体操衣袴姿で走り廻るという噂が立った
そのようなことがあって 一時唐瀬の石川冨士之助翁の仏壇にお祭りし 更に昭和二十四年この護国神社が再建されるに及び こゝに合祀し今日に及んでいる
護国神社の祭祀は 川南護国神社奉賛会によって永久に行はれることに感謝し 後世のためこゝに由来を刻しておく次第である

平成二年十一月二十三日
陸軍空挺部隊戦友一同」
スポンサーサイト

トラックバック

トラックバック一覧

コメント一覧

コメントの投稿

名前

タイトル

メールアドレス

URL

本文

パスワード

非公開コメント管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。